「100円の有料記事」を買うのに躊躇する人は、お金を払うことを「投資する」と捉えない
イケダハヤトさんが面白い記事をnoteに上げていたので便乗してみます。
ソシャゲには大量に課金する人がいっぱいいるというのになぜだろう。
「そもそも層が違うじゃん」
というのは置いといて
買う=消費する、交換する
という捉え方しかしてないというのが原因な気がしますね。
僕が昔読んだ本で
「いいかい?人間は与えられたものを持って買えることは決してできないんだ。僕がここでどんなに熱く語っても何一つ持ち帰らないで無駄な時間を過ごすこともできる。反対に僕が5日間雑談をしているだけでもたくさんの学びを持ち帰ってしまう人もいるんだ。みんなはどっち側の人間になりたい?それを決めるのも自分なんだ。」
引用
与えられるというとタダみたいなイメージになりやすいですが、
「お金を払って与えてもらう」
「お金を払うという行為に対して何かが与えられるのが当たり前」
という意識が普通になっている気がします。
感じ取る、吸収する、つかむといったイメージではない意味ですね。
本を読むといった情報を吸収するために必要なことは
・自分との共通点を探す
・想像する
・自分の言葉で表現する
といったことで、表面的になぞっただけでは右から左と脳内から出るだけかと思います。
もちろん、最初はそれでも良いと思います。
情報を右から左へ流しているうちにヒダみたいなものができてきて、よくわからない何かが蓄積されていくので(笑)
イケハヤさんの本文で100円のお茶が例として上がっていましたが、
おそらくこれを安いと思って買う層は
「お茶を飲む」
という本人の欲求を満たすことだけで
「僕の代わりにお茶を淹れて、ペットボトルにまで詰めてくれた」
という行為は気にしてないと思います。
この辺りに溝(キャズム)があるのでは?
一見同じようにお金を払っていますが、その(自分自身にとっての)対象が大きく異なるから自分自身へのフィードバックも全然違うものになると考えています。
僕自身はイケダハヤトさんのnoteは月額購入しましたが、現時点で500円以上の価値は回収しています。(たぶん変なビジネス本とは買うよりは断然良い)
そしてこの
「回収する」
という価値観が今後より大きな溝を作っていくと感じています。
ちなみに、さきほど引用させていただいた本は次の2文で1200円分の回収はできたかなぁと思っています。
As long as you're green you're growing.
as soon as you're ripe you start to rot.
(未熟でいる限りは成長できる。
成熟したとたんに腐敗が始まる)